ラウンド・ミッドナイト〜酒と煙草と真夜中のモダン・ジャズ

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20世紀の幕開けと共に生まれ、それまで陽気なダンス・ミュージックだったジャズが、1940年代のビ・バップ登場によって鑑賞芸術となり、以降〜1960年代までジャズは“モダン・ジャズ”として真の黄金期を迎える。
チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、マイルス・デイビス、バド・パウエル、アート・ブレイキー、アート・ペッパー、クリフォード・ブラウン、ソニー・ロリンズ、オーネット・コールマン、ジョン・コルトレーン、ビル・エバンスといった偉大なジャズマンたちは、みんなこの黄金期に輝かしい録音やステージを残した。
しかし、その美しい音楽の裏側には地獄のような苦悩もあった。夜に生きるジャズマンにとって麻薬や酒に深く溺れることは、至極の創造と表現の代償とでも言うべき“業”だった。モダン・ジャズは間違ってもオシャレなデートやレストラン向けの音楽ではない。モダン・ジャズとは苦悩に満ちた夜の魂から絞り出される音楽のことを言う。
モダン・テナーの顔役であるデクスター・ゴードンも、そんな苦しみの中で紆余曲折しながら足跡を刻み続けた人だった。1923年に生まれ、40年にライオネル・ハンプトン楽団から始まったそのキャリアは、40年代後半にワーデル・グレイと組んだテナー・サックス・バトル・チームで最初の栄光を見る。しかし、デクスターは麻薬に溺れて50年代を棒に振ってしまう。
60年夏、ブルー・ノート・レーベルで奇蹟の復活。ニューヨークへ移るものの、酒類局から麻薬常習を理由にキャバレーカードが支給されず(クラブでの演奏ができない)、62年に仕事と理解を求めてヨーロッパへと渡った。彼は10数年をこの地で過ごしながらブルー・ノートに傑作を次々と録音。76年に帰米を果たす頃には、デクスターは偉大な影響力を持つジャズ界の伝説となっていた。
映画『ラウンド・ミッドナイト』(ROUND MIDNIGHT/1986)は、晩年のデクスター・ゴードンが主演したジャズマンの物語。
ピアニストのバド・パウエルとデザイナーのフランシス・ポードラとの友情を題材にした実話の映画化だったが、アメリカに失望して自由なヨーロッパに活動を求め、アルコール中毒や麻薬の誘惑と闘いながら最期はニューヨークで息を引き取るという内容は、この映画から4年後にこの世を去ったデクスターの人生そのものだった。演技の必要もない。ゆえにアカデミー主演男優賞にノミネートもされた。
1959年のパリ。アメリカから渡って来たデイル・ターナー(デクスター・ゴードン)はブルー・ノート・クラブで演奏している。入場料が払えずに店の外でじっと陶酔する男フランシス(フランソワ・クリューゼ)はデイルを神のように崇拝しているが、実生活は離婚して娘と二人暮らし。デザインの仕事もうまくいかずに生活も貧困している。
そして二人の静かな友情が始まる。フランシスはデイルを迎え入れ同居させ、マネージャーのように働く。父と娘にも明るさが戻ってきた。やがてデイルはトラブルの源だった酒を断つことを決意するが……。
映画で印象深いのは、近い死を覚悟しているデイルが語る言葉。デクスターのアドリブが含まれているので真実味がある。

ビバップは人種差別を受けながら軍隊を抜け出した人間が創ったものだ。
俺にはまだ出すものが残っているのかな?
一度はカウント・ベイシーと演りたかった。
いつも夢を見る。音楽の夢だ。サックスを吹きながら音を広げようとしている。
毎晩マウスピースが血で汚れている。でも音楽を愛している。


ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、トニー・ウィリアムス、フレディ・ハバード、ロン・カーター、ジャッキー・マクリーン、ジョン・マクラフリンなどの一流ジャズマンが出演。“デイル・ターナー”を尊敬の眼差しでバックアップしている。(中野充浩)
Dexter Gordon 1923.2.27-1990.4.25
映画での演奏シーンはモダン・ジャズの真髄



『ラウンド・ミッドナイト』

『ラウンド・ミッドナイト』

*日本公開時チラシ
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*このコラムは2015年1月7日に公開されました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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