山崎ハコ物語〜10代でデビュー、40代で事務所倒産、そしてホームレスに近い極貧生活…それでも歌がなければ生きれなかった

未分類
この記事は約9分で読めます。
Pocket


何のために今まで そして今からも
生きているのか
わかったような気がします
いいんです 報われぬとも
願いは叶わぬとも
この思いは 本当の私だからです
今 私は 旅立ちます
一つの空に向かって 飛び始めるのです


「髪を伸ばしたのは兄貴の命令だったんです。」
山崎ハコがまだ中学生だった頃の話…。
1970年代の初頭、彼女は故郷の日田(大分県日田市)で家族と共に暮していた。
当時、彼女の兄はグループサウンズやベンチャーズとかイギリスのバンド、クリームなどに夢中だったという。
兄はゴールデン・カップスの「長い髪の少女」という曲が好きで、妹のハコに向かっていきなりこんなことを言ってきた。
「お前は髪を伸ばせ!髪の長い女になれ!」
彼女はそれを別に嫌とは思わずに「うん、わかった」と言って髪を伸ばし始めた。
それが、彼女にとって音楽の世界へと足を踏み入れるきっかけだったという。
そんな兄の影響もあって、当時彼女が“命の次に大切だった”と言うレコードは、ウッドストックフェスティバルのライブ盤と中津川フォークジャンボリーのライブ盤だったという。
その話を兄にしたら「じゃあお前、家が火事になって、どちらか一つしか持ち出せないとしたらどっちのLPを選ぶ?」と訊かれたという。
彼女がさんざん考えて出した答えは「ウッドストック!」だった。
ギターを始めたのも兄の影響だった。
彼女の兄はロック信者だったので、当然ギターはエレキだった。
そんな兄にとってギターは宝物だったので、普段はなかなか触らせてくれない。
彼女は兄がいないときにこっそりギターを借りて練習をした。
練習といっても、当時人気のあった雑誌『明星』に載っていた簡単なコードを3つか4つ覚えてヒット曲を弾くくらいだった。
アコースティックギターに最初に触れたのは、中学校の教室だった。
彼女が通う学校の音楽室に1本だけ教材用のギターが置いてあって、先生も含めて誰も弾ける人がいなく“飾り物”状態だったという。
ある日、先生が「誰かギターを弾けんのか?」と訊いてきたので、彼女は迷うことなく「はい!」と手をあげた。
その日から、彼女は学校公認でギターを弾けるようになったのだ。
「勉強じゃないから練習するのが面白くてね(笑)昼休みや放課後にも音楽室でギターを弾いてました。」
「兄貴のエレキで覚えた3つか4つのコードでは、みんなからのリクエストのCMソングや校歌などは弾けなくて…色々な本を読みあさってコードを覚えました。面倒くさいとか、辛いとかはまったく思いませんでしたね。逆に新たしいコードを覚えるのが楽しくて楽しくて。」
当時、彼女の父親は日田で農業をやりながら郵便配達をしていて、母親は小料理屋を営んでいた。
しかし、店の経営があまり思わしくなくなって…母親は、いっそのこと全部やめて、どこかへ引っ越して心機一転やり直したいと思っていたという。
跡継ぎだった父親は、家を捨てるわけにはいかない…。
「田舎って近所の口がうるさいでしょ?山崎んちは商売に失敗したとか色々言われる。だけど私両親に言ったんですよ。『二人でしがらみのない都会へ出た方がいいんじゃない?』って。当時、私は中学生。いま考えると、ずいぶん生意気なことを言う中学生でしたね(笑)」

ちょうどその当時、彼女の兄が横浜で地下鉄工事のバイトをしていて、かなりのお金になっていたという。
ある日、家の事情を聞いた兄から両親に連絡が入る。
「横浜がいいよ。ちょうど住み込みの寮で料理を作る仕事があるから、二人で来ればいいよ。母ちゃん調理師だし。」
程なくして、彼女の両親は横浜に旅立って行った。
彼女は祖母と犬と一緒に日田の実家に残って暮した。
そして中学校卒業後、彼女も両親の待つ横浜へ。
1975年、18歳になった彼女は横浜学園高等学校在学中にコンテストへの出場をきっかけにアルバム『飛・び・ま・す』でレコードデビューを果たす。
150センチあるかないかの小柄で痩せた体からは想像もできないパワフルな歌唱と表現力、そして鋭く社会をえぐるような歌詞で、デビュー当時は“中島みゆきのライバル”とも言われた。
そんな彼女はデビュー当時、雑誌のインタビュー等で一切喋らなかったという。
それは本人の意志ではなく、彼女を“伝説のフォーク歌手”として売り出そうとした事務所の考えだった。
「ハコさんに聞いているんですけど…。」
彼女はインタビュアーにいつも言われた。
すると事務所の社長がこう返す。
「ハコは喋りませんから。喋るのが嫌いな子ですから。」
もちろん喋らせてくれと言いたいこともあった。
彼女がとくにそれを感じたのは、社長が「ハコは人間嫌いですから」と言ったときだった。
心の中でこう叫んだ。
「私は人間嫌いじゃない!」
華々しくデビューした彼女をテレビで観た地元の友達や親戚は、皆口をそろえてこう言ったという。
「暗いとか“人間嫌い”とか言われて、どげんした?」
「あんなに明るくていい子だったのに…ハコちゃん、都会で体悪うなったん?」

それでも彼女は事務所に従って喋ろうとしなかった。
それは、自身の“歌”を背負っているという自負だった。
歌とのギャップは作らない方がいいと思っていたのだ。
社長の要求はさらに厳しくなっていった。
すでに洗脳されている彼女は言いなりだったという。
「家を捨て、家族や親戚とは絶縁したことになっているんだ。親類縁者とはつきあうな。音信不通にしろ。」
彼女は電話を解約した。
「アーティストというのは、お金を持つと駄目になる。天才じゃなくなるんだ。それでもいいのか?」
ギャラはすべて社長に管理してもらった。
「彼氏ができると駄目になる。歌が死ぬ。お前から歌を失くしたら何が残る?歌を殺してもいいのか?」
歌が死ぬのだけは嫌だった。
だから、誰ともつきあわなかった。
──言われるがままに20年以上やってきた。
ところが1998年のある日突然、事務所は倒産し、社長は姿をくらました。
社長が管理してくれていたはずのギャラはどこにもなかった。
人間不信…だが、彼女は“歌うこと”だけはやめなかった。
“歌”を背負っているから。
そして、歌がなければ生きていけなかったから…。
「デビューして20年経ったくらいまでは、周りのことなんて何ひとつ知らない売れないアイドルみたいでした(笑)。それから所属事務所が立ち行かなくなって以降の10年くらいは下積み生活が一気に来た感じですね。それまではセールス的な浮き沈みがあっても、立場的にまずいとかはなかったんですよ。事務所さえあれば、ボロくても家があるようなものだから。それが、雨風を凌げる家を追い出されてのっぱらにひとりぽつんと立たされた。信念さえあれば、歌を唄い続けることはできると思うんですよ。でも、プロの歌手として唄い続けるための活動…つまりマネージャーがやっていた売り込みの仕事をやらないとプロとしては成立しないんですね。だから、裏方の仕事でも何から何まで全部自分でやるしかなかったんです。」

彼女は40代の頃、一時期ホームレスにも近い極貧生活をしていたこともあったという。
マネージメント、所属事務所、営業活動などは全て自分で行い、生活のためにアルバイトで生計を立てた。
しかし、バイト先の有線放送でたまたま自分の曲がかかったときに「自分は歌わなくてはいけない」と思い、本格的な歌手復帰を決意する。
そして2008年、新曲「BEETLE」をリリースし51歳にして完全復帰を果たす。
2010年には、映画『ヘヴンズストーリー』(4時間38分の大作)にてスクリーンデビューもし、現在は音楽活動と平行して女優としても活躍している。
また、長年独身を貫いてきたが、事務所倒産後には演奏・作編曲など古くから仕事を共にしたギタリストと結婚しており、公私を通じて良好なパートナー関係であり続けている。


ふるさとは東京 そういうあなたは
淋しいふりも 気取りもない 都会のビートル


<引用元・参考文献『フォークソング―されどわれらが日々』文藝春秋>

山崎ハコ『ハ・コ・で・す 1975-2014』

山崎ハコ『ハ・コ・で・す 1975-2014』

ポニーキャニオン

山崎ハコ『BEETLE』

山崎ハコ『BEETLE』

コロムビア

こちらのコラムの「書き手」である佐々木モトアキの音楽活動情報です♪
宜しくお願い致します。


【佐々木モトアキ×山口ヨシトValentine’s Day Special Round 2021 佐賀〜大分】
2月13日(土)佐賀RAG.G
2月14日(日)大分(中津)ちょいWARUうさぎ
↓チケットご予約&公演詳細はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12641183842.html


【佐々木モトアキ 独り唄いTOUR“歌ものがたり2021”初春 in 北九州】
2月17(水)八幡DELSOL cafe
↓チケットご予約&公演詳細はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12641184899.html




【山部“YAMAZEN”善次郎×佐々木モトアキ ダブルネーム弾き語りTOUR
“ちょっと長い関係の歌旅2021”】

2月20日(土)福岡 Bassic.  
2月21日(日)札幌 Beggars Harlem 
2月22日(月)秋田 カウンターアクション 
2月23日(火・祝)岩手・二戸 HOUSE OF PICNIC 
2月25日(木)仙台 ホームラン酒場 
2月26日(金)山形 ヱレキ酒場オリハント
2月27日(土)新潟 Live Bar Mush
2月28日(日)下北沢 Laguna(限定20名入場可+配信ライブ)
3月12日(金)久留米 農と音
3月13日(土)熊本・八代 7th chord 
3月14日(日)大牟田 陽炎
3月16日(火)行橋 Memphis
3月18日(木)東広島 pasta amare  
3月19日(金)大阪 新世界ヤンチャーズ
3月20日(土)静岡・御前崎 Cook House椿
3月21日(日)名古屋 ROLLINGMAN
4月8日(木)長崎 R-10 
4月10日(土)和歌山 OLD TIME
4月11日(日)所沢 音楽喫茶モジョ 
4月12日(月)横浜 Bar Take’s
4月15日(木)小郡 ジラソーレ〜8周年記念スペシャルライブ〜
4月16日(金)愛媛 スタジオOWL
4月17日(土)徳島 デラシネ
4月18日(日)高知 A’bar
4月21日(水)福岡 Bassic.(限定15名入場可+配信ライブ+TOUR総括スペシャルトーク&スライドショー)
↓チケットご予約&公演詳細はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12634659162.html



新作ミニアルバム『You』のタイトルナンバー「You」のミュージックビデオです♪
映像編集、ポートレート(写真)撮影共に、佐々木モトアキ本人が手掛けております。
とてもシンプルな技法ですが、何よりも登場する皆さんの表情が素敵です✨
人が“目を閉じている”表情。
その“瞼(まぶた)に浮かんでいる”誰かの顔。
繋がってゆく“一人ひとりの想い”が、100通りの、いや1000通りのドラマを描いてくれています。


佐々木モトアキ
執筆、動画編集、音楽・食・商品・街(地域)に関わるPRなどなど…様々なお仕事承ります。
例えば執筆・編集のお仕事として、、、
「ロック」「ジャズ」「ブルース」「R&B」「シャンソン」「カントリーミュージック」「フォークソング」「歌謡曲」「日本の古い歌」など、ほぼオールジャンルのページ企画・特集に対応いたします。
ライブイベントの紹介・宣伝文や、アーティストの紹介文なども対応できます。
音楽以外のライティングとして、WEBページの作成・リニューアル、各種パンフレット作成に伴う「店舗のご紹介」「メニューご紹介」「企業・会社のご紹介」「商品のご紹介」などなど様々なPRに関わるお仕事も承ります。
音楽、人、食、商品、街(地域)…私たちが関わるものすべてには“ものがたり”があります。
あらゆるものに存在する、ルーツや“人の想い”を伝えながら「誰が読んでもわかりすい読み物」をお作りいたします✒
お気軽にご依頼のご相談・ご連絡ください♪
sasa@barubora.jp
090-2669-2666
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-11970078472.html
【TAP the POP佐々木モトアキ執筆記事】
http://www.tapthepop.net/author/sasaki

The post 山崎ハコ物語〜10代でデビュー、40代で事務所倒産、そしてホームレスに近い極貧生活…それでも歌がなければ生きれなかった appeared first on TAP the POP.

タイトルとURLをコピーしました