山口冨士夫27歳〜村八分解散後、何かを求めて繰り返した自由な旅

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稀代のロックアーティスト、山口冨士夫。
彼の名を日本のロック史に永遠に留めることになったのが1970年に結成され1973年に解散した伝説のロックバンド村八分だ。
村八分、ティアドロップスと、数多くのバンドでギターを弾きながら日本のロックカルチャーを作ってきた彼は27歳の頃にどんな日々を送っていたのだろう?
1949年、日本人の母とイギリス人の父の間に生まれた彼は、家庭の事情から孤児院で育ったという。
1965年、16歳になった彼は先輩の瀬川洋、幼馴染みの吉田博らとザ・モンスターズを結成。
1967年、バンド名をザ・ダイナマイツに改名し、ギタリストとしてデビューを果たす。
リードボーカルを務めたデビュー曲「トンネル天国」(1968年)がスマッシュヒットを記録。



グループサウンズブームの中で人気を博すも、ザ・ダイナマイツは1969年大晦日のステージを最後に解散。
1970年代初頭、彼は京都に移住し、盟友・チャー坊(柴田和志)と共に伝説のバンド村八分を結成。
日本のロックバンドのパイオニアとして独自のスタイルを築く。
1973年5月、京都大学西部講堂にて伝説のラストライブを行い、このライブを収録した活動中唯一の正式音源『ライヴ』をリリース。
バンドは同年8月に解散したが、このアルバムにより彼らの名前は全国へ広がって行った。
当時のことを彼は自伝でこんな風に語っている。

「村八分のアルバム“ライブ”が出た後、俺以外のメンバー全員、日本にはいなかった。アルバムが出て、何かしらの金がボーンと入ってきたらか、みんなはサンフランシスコに行ったんだ。俺は一人、南の島で、太陽と海でちょっと遊んだ。東京に戻ってしばらくすると、チャー坊のアニキが俺の部屋にアメリカから届いた手紙を持ってきた。便箋にはチャー坊の字で他愛もなことが書かれていた。“フジオちゃん、アメリカ人は馬鹿ばっかし!面白いから今すぐにアメリカに来いや!”ってね(笑)まぁ俺はシスコに興味なかったし、行く気もなかったよ。」



1974年、初のソロアルバム『ひまつぶし』をリリース。
発売から10日後、名古屋市公会堂で行われたお披露目ライブは3曲のみ演奏し唐突にステージを去って客は唖然となった。

「村八分の時、誰もが俺のことをブルースギタリストだと思ってたんだ。だから俺はソロアルバムでそのイメージをブチ壊してやろうと思ってた。俺はポップスも好きだし、R&Bとかブルースだとか、ジャンルなんて関係なかった。とにかくプレイすることが好きでたまらなかったんだ。“こんな曲もあるんだぜ!”って、あのアルバムで見せたかった。中には浅川マキみたいな曲も入れたんだぜ(笑)」



『ひまつぶし』から程なくして、彼は女性ヴォーカルを迎えて“ZOON”というバンドを結成るすも…一年もしないうちに解散させる。

「のらりくらりとバンドをやりながら、俺は約一年くらいかけてふらふらと日本中を旅したよ。北海道に行ったり、山の中で色々なことを考えたり、曲を作ったり。」


彼は26歳を迎えた頃、再び京都に戻ってゆくこととなる。

「あん時は俺、ちゃんと結婚してね…嫁さんが京都にいたからそっちに行ったんだ。しばらく何も活動せずに過ごしていたら、色んな友達が“一緒にバンドやらないか?”って声をかけてきた。でも、もうひとつピンとくるものもなく音楽活動に踏み切れなかった。そのうち嫁さんとも別れて、マーちゃん(加部正義)とバンドをやることになったんだ。」


1975年、彼はルイズルイス加部こと加部正義(元ザ・ゴールデン・カップスのベーシスト)らと“リゾート”を結成。

「ちょうどその頃に“東京ロッカーズ”とかいうムーブメントが始まっててね。だけど俺たちは“パンクじゃないぜ!”っていう気持ちがあった。何しろマーちゃんと俺なんだからパンクになりようがないんだよなぁ。もともと俺自身がパンクじゃないかって言われればそれまでだけど(笑)当時、パンクがいったいどんなものか?って周りの誰もよくわかっちゃいなかったし。セックス・ピストルズのことは村八分の頃から知ってはいたけどね。当時リゾートはほとんどが俺が書いたオリジナルをやっていたけれど、ゼムやビートルズの曲をカヴァーも織り交ぜながらステージを楽しんでたよ。」


バンドはまたも自然消滅…
彼は27歳を迎えた頃に、再び日本全国を巡る“自由な旅”に出る。
車に楽器や録音機材を積み込んで、山奥に行ってギターを弾いて録音したり、街から街を旅しながら気ままに演奏する日々を送る。

「ひとしきり旅を楽しんで、落ち着いた頃に辿りついたのが国分寺だったよ。福生のライブハウス“UZU”に出るようになってね。外道のリズムセクションだったマサや中野をセッションする夜もあったし、まだデビューする前のストリート・スライダースのハリーに声をかけられたこともあったな。当時は色んなことが上手くいかなくて、俺はかなり荒れてたんだ…」


<引用元・参考文献『So What』山口富士夫(著)/ K&Bパブリッシャーズ>
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佐々木モトアキ
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