越路吹雪と岩谷時子〜宝塚時代から厚い友情を重ねつづけた二人の出会い

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1939年の春、宝塚歌劇学校を卒業して初舞台を踏んだばかりの越路吹雪は岩谷時子と出会う。

「彼女が永眠するまで、ただ一度も争うことなく、時の流れと共に厚い友情を重ねてこれたのは宿縁としか考えようがない。」(岩谷時子)


その年の秋、岩谷は宝塚歌劇団出版部へ就職し、社会人としてのスタートを切ったばかりだった。
宝塚ファンに向けて出版されている『歌劇』『宝塚クラブ』誌を編集するのが彼女の仕事だった。
幼い頃から母親に連れられて宝塚歌劇を観ていた彼女は、やがて文学少女になり、二つの劇団誌に詩や短編小説を投稿していたという。
そのことをきっかけに編集部から声がかかったのだ。
宝塚では稽古場と編集部の部屋は近く、岩谷が仕事をしていると、出場(でば)の少ない初舞台生たちがデスクに遊びに来ることが日常だった。
その中に仲間たちから“コーちゃん”と呼ばれる背の高い越路がいた。
本名が河野美保子なので、そう呼ばれていたのだ。
彼女たちは初舞台を踏むと芸名がつくので、いつかサインを求められるスターになれることを夢見ながら、それぞれ芸名の書体を考えながら楽しんでいる頃だった。

「ある日、越路さんが私のところに一人で来てサインの見本を書いて欲しいと言ってきたのです。彼女に与えられた芸名(越路吹雪)は字画が多いので苦労しましたが、私なりに一生懸命考えて書いてみました。彼女が生涯使っていたサインは、この時に二人で考えた合作なんです。」


当時、二人はまだ親しい関係ではなかった。
岩谷も新米で、まだ慣れない仕事をこなすのに精一杯の時期だったし、女性ばかりの集団の中で特定の誰かと親しくなると仕事がやりづらくなる…そんな意識があったという。
越路の同期には、乙羽信子、月丘夢路をはじめ素晴らしい才能と美貌を持ち合わせた“金の卵”がいて、一級下には将来スター女優となる淡島千景の姿もあった。
当時は背が高ければ男役と決まっていて、越路が女役を演じることは一度もなかった。

「彼女はとにかく醒めた人で“私はスターになれる人間じゃない”と言っていたんです。舞台のことよりも阪急百貨店のライスカレーを食べに行くのが生きがいみたいで、エンジンのかかるのが遅い生徒でした。」


第二次世界大戦の影が忍び寄る中、越路がもらう役は軍国少年や水兵という凛々しい男性ばかりだった。
不思議なことに、そんな越路に大人の女性ファンがつきはじめたのだ。

「彼女には色気がある。」


当時、女学生のファンが多かった宝塚では“珍事”であった。
宝塚はこの不思議な現象に戸惑った。

「彼女にはなぜかファンが多いから何か役をつけなければならないでしょう…」


今も昔も宝塚の男役のファンは熱狂的である。
若い女性のファンならファンレターを出したり、花束や贈り物をして満足する。
しかし、東京や大阪の奥様たちはそれではおさまらないのだ。
食事に誘ったり、中にはレズのファンもいた。
越路はこうしたファンをいっさい無視し、冷たくあしらった。
宝塚の楽屋にファンからの贈り物が届いても、平気で忘れて帰ったりした。
戦火はしだいに激しくなり、1944年には遂に宝塚大劇場も閉鎖され、彼女たちがいた寄宿舎も食糧難に陥る。
岩谷は当時のことを鮮明に憶えていた。

「死ぬなら家族一緒に死のう!そんな親からの便りで若い生徒たちは故郷に帰って行ったんです。残った生徒たちは空襲に怯えながら移動演劇隊として慰問のために巡演に出かけました。」


その頃、越路の家族は千葉県に住んでいたが、彼女は親からの便りが来ても何故か帰ろうとしなかった。

「彼女は移動演劇隊であちこち飛び回りながら、結局は私の実家(兵庫県西宮市)に身を置くようになりました。母と私の二人暮らしだったし、その頃はすでに気心も知れていたので過ごしやすかったのだと思います。母は娘が一人増えたように彼女を喜んで迎え、二人はまるで私より遠慮のない親子のようでした。」


1946年、それは敗戦の翌年の春だった。
ファンが待ち望んだ宝塚大劇場での舞台が再開され、戦時中に禁じられていたアメリカの歌が解禁となった。
越路は22歳となり、宝塚ではすでに主役の座をつとめるほどの人気者となっていた。
喝采を浴びながら舞台の大階段を颯爽と降りてくるその姿を、岩谷は舞台袖から見つめていた。

「彼女はまさに戦後に現れた異色スターでした。」



<引用元・参考文献『夢の中に君がいる―越路吹雪メモリアル』越路 吹雪(著)岩谷時子(著)/講談社>
<引用元・参考文献『聞書き 越路吹雪 その愛と歌と死』江森陽弘(著)/朝日新聞社>
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