華麗なるギャツビー〜愛する人を取り戻すために、ただそれだけのために
世界的な文学を振り返ろうとする時、1920年代のアメリカの好景気の幕開けと同時に華々しくデビューして、現在のポップスターやロックスター並みに新しい世代の代弁者に祭り上げられ、やがて訪れる1930年代の大恐慌と歩調を合わせるかのように自らを暗闇の中で静かに崩壊させていった、美しく呪われた作家の名を避けて通ることはできない。
──F・スコット・フィッツジェラルドなくして「ロスト・ジェネレーション」もアーネスト・ヘミングウェイも語れないし、フィッツジェラルドが遺した長編や短編小説に触れることは、上昇と下降が交錯する人生そのものを深く体験できると言っても過言ではない。
フィッツジェラルドは自分の人生の破片や挫折を両極的な二重ヴィジョンで作品に投影させ続けたことでも有名で、その切なさと儚さの極致とも言える描写の数々と滅びゆく者の美学は、日本でも野崎孝氏や村上春樹氏らの紹介によって広く知られることにもなった。
中でも1925年に発表された『華麗なるギャツビー(The Great Gatsby)』はフィッツジェラルド文学の最高傑作として世界中の言語で翻訳されている物語なので、一度は手にとって読まれたことのある人は多いと思う。
ニック・キャラウェイとジェイ・ギャツビーの姿はフィッツジェラルドの分身であることは言うまでもないし、ギャツビーの夢の象徴であるデイジーは彼の妻ゼルダを思わせる(事実、フィッツジェラルドは売れっ子作家になる前にゼルダに求婚しているが、ゼルダは「金持ちではない」ことを理由に拒絶した)。
1922年の春。30歳のニック・キャラウェイは好景気に沸くNYの証券会社に職を見つけて中西部から出てきたばかり。住居はロング・アイランドのウエスト・エッグにある月80ドルの小さな家を借りた。すぐ隣には大豪邸が建っていて、ジェイ・ギャツビーという主人が週末になると豪華絢爛なパーティを繰り返していた。ギャツビーは密売やスパイで巨万の富を築いたといった噂が飛び交う謎めいた人物だった。
海の向こう側にはイースト・エッグと呼ばれる高級住宅街が望め、そこにはニックのまた従妹のデイジーが夫のトムと住んでいる。名家の出身で有閑階級である二人はニックと再会の喜びを分かち合うが、トムにはどうやら愛人がいて夫婦仲に亀裂が生じていることを、ニックはその場にいたデイジーの女友達ジョーダンから聞かされる羽目..