ジョーカー〜『タクシー・ドライバー』に影響を受けた孤独と哀しみに満ちた男の物語
『ジョーカー』(Joker/2019)を自腹で観てきた。おそらく来年のアカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞あたりを独占すると思うが(このコラムが書かれたのは2019年10月。結果はご存知の通り)、ここではそんなことは重要じゃない。
これほどの孤独と哀しみに満ちた作品がたくさんの人々に観られていること自体に驚く。きっと今自分がいる場所・街・国の姿に大きく重なる部分があるからだろう。もはやコミックの世界を超えた。これは完全なリアルだ。
たとえバットマンを観たことがなくても、ジョーカーを知らなくても全然構わない。なぜならコミックスの中でスーパーヴィラン(悪役)であるジョーカーの誕生秘話はこれまで一度も描かれたことはなく、この映画では独自のストーリーを作り上げてオリジン(起源)に迫った。心優しき男はなぜジョーカーになったのか。そんな人物描写を重視した。
監督と脚本を担当したトッド・フィリップスは、この試みに挑むにあたって『タクシー・ドライバー』『キング・オブ・コメディ』『カッコーの巣の上で』『セルピコ』『狼たちの午後』といった映画から大きな影響を受けたそうだ。映画を観て設定や雰囲気が似ていると思った人もいるはず。どれも人物描写に優れた作品ばかりが並ぶ。
ジョーカーを演じたのはホアキン・フェニックス。過去にはジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトらが演じてきたが、彼らはあくまでも「ジョーカー以後」であり「ジョーカー以前」ではなかった。ホアキンは「人生に簡単な答えはない」ということを伝えたかったという。
もう一度言おう。もはやこれは完全なリアルだ。物語の舞台となるのはゴッサム・シティ。格差が広がり、腐臭が充満し、治安が悪化する都市。ピエロの派遣プロダクションに所属するコメディアン志望の男アーサー・フレックは、社会的弱者であり、生活は底辺を彷徨っている。
裏通りでストリートギャンクから袋叩きにされ、家に帰れば精神を病んだ母親の介護に追われる。幼少時の脳損傷が原因で、極度の緊張状態になると笑いの発作に襲われる持病がある。
アーサーはそれでも「世の中に笑いと喜びを届けるため」に単調で絶望的な日々を生き抜こうとする。しかしその努力は実らない。ナイトクラブのステージでは笑い一つ取れない。彼の唯一の楽しみは、人気司会者マレー・フランクリンのTVバラエティショ..