デビュー作『レス・ザン・ゼロ』で新世代の代弁者に祭り上げられた20歳の大学生
「ロスのフリーウェイって、合流するのが怖いわね」
1985年。そんな台詞から始まる小説『レス・ザン・ゼロ』が発表された。20歳の大学生ブレット・イーストン・エリスが書いたこの作品は、たちまち大きな話題を呼んだ。
NYタイムズは「こんな不穏な小説を読むのは実に久しぶりのことだ」と困惑し、保守的で辛口のニューヨーカー誌は「実に完成度の高いデビュー作」と絶賛。LAタイムズが「これこそ現代の『ライ麦畑でつかまえて』だ」と言えば、ニューズウィーク誌は「『プレッピー・ハンドブック』の汚れた裏の部分」と書いた。
また、淡々と話が描写されていくだけの文体や結局最後まで大したことも起こらない点が「MTV感覚」と呼ばれた。TVモニターから何となく流れているミュージック・ビデオのクールさや虚無感と似ていたからだ(小説には無数のポップソングやアーティスト名も出てくる/文末にまとめ)。
エリスは一躍、アメリカの新しい世代の代弁者に祭り上げられた。それは「ニュー・ロスト・ジェネレーション(あらかじめ失われた世代)」と呼ばれ、新しい感覚を持った書き手たちが続々と衝撃的な文学作品を発表するようになる。1920年〜30年代に「ロスト・ジェネレーション(失われた世代/迷える世代)」と称された作家たち(フィッツジェラルドやヘミングウェイなど)がいたが、まさにその再構築的なムーヴメントだったわけだ。
中でも『レス・ザン・ゼロ』はベストセラーを記録し、LAを舞台にした“カジュアル・ニヒリズム”の金字塔的作品として知られることになった(1987年には映画化)。なお、日本語訳版は中央公論社より1988年に刊行されて92年に文庫化(その後2002年にハヤカワ文庫に移行/中江昌彦訳)。
物語は、語り手の18歳のクレイが東部の大学からクリスマス休暇で故郷のLAに戻って来るところから始まる。冒頭の恋人ブレアの台詞から、この物語が何かとてつもない力を秘めているという予感がしたことを覚えている。
登場人物の多くが映画界の重役の子弟たちで、みんなプール付きの豪邸に住んでいたり高級車を乗り回しているようなリッチに環境にいる。主人公のクレイは恋人ブレアや親友ジュリアンらとその場限りのような空虚な会話を交わしながら、パーティ、ドラッグ、音楽、セックス、クラブ、レストラン、ビーチといった行動や場所を延々とループ(繰り返す)。そこに若..