トム・ウェイツが初めて音楽を手がけた映画作品『ワン・フロム・ザ・ハート』

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「映画音楽を作るのは、他人の夢に曲を付けるようなもんさ。」(トム・ウェイツ)
「ストーリーを歌で語るような映画を作りたかった。演出は基本的に音楽による寓話で、カップルが結ばれ、別れ、それぞれ別の恋をして、また寄りを戻す。ただそれだけの単純なストーリーに、美しい音楽と歌。それだけでいい。」(フランシス・フォード・コッポラ)



1970年代、フランシス・フォード・コッポラは同世代の映画監督の中でも一目置かれる存在となった。
マーティン・スコセッシ、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグといった監督も、その後の映画界に新風を巻き起こしていった“革命児”だったが、スタジオシステムの内部まで入り込んで作品を作る“映画界の悪ガキ”の先駆けといえば、やはりコッポラだった。
1972年の3月から公開されたコッポラ監督の『ゴッドファーザー』は、まさにアメリカ映画の歴史を塗り替えた作品と言えるだろう。
それまで入場者数において不動のナンバーワンを維持してきた『サウンド・オブ・ミュージック』を、公開から数週間で上回り、興行収入も前代未聞の“1日数百ドル”という記録を打ち立てたのだ。
アメリカを代表する映画会社パラマウントピクチャーズコーポレーションの推計では、3年間で1億3200万人の観客が映画館で鑑賞されたとされている。
『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』もなかった時代に『ゴッドファーザー』は衝撃的な記録を打ち立てた作品だった。
しかしコッポラは、そこで手に入れた名声に酔いしれたり、巨万の金を浪費することはほとんどしなかったという。
翌1974年の12月に公開された続編『ゴッドファーザー PART II』は、前作を上回る成功を収めることとなる。
その後、コッポラは長きに渡る製作期間を経て…1979年に戦争映画『地獄の黙示録』を発表し、映画ファンに大きな衝撃を与えることとなる。
超一流の監督としての地位を確立したコッポラが次に手掛けたのは『ワン・フロム・ザ・ハート』というラスヴェガスを舞台とした恋愛映画だった。


1982年の2月に公開されたコッポラの新作は…世間の期待と予想を大きく裏切って興行的に大失敗となり、自身が持っていた製作会社を倒産させてしまう結果となった。
ラスベガスを舞台とした物語だったが、全編ハリウッドにあるコッポラ所有のスタジオ(ゾーイトロープ・ロス・スタジオ)で撮影・制作され、巨大な飛行機に至るまで完璧なセットが作られたという。
一説では『地獄の黙示録』のフィリピンロケにおける被害(ハリケーンでセットが破壊されたこと)を考慮し、時間や天候を全てコントロールできる室内撮影を実施したかったとされている。
コッポラにとっては“失敗”を認めざるを得ない作品となったが、本作を彩るサウンドトラックは高い評価を得ることとなった。
コッポラが白羽の矢を立てたのはトム・ウェイツだった。
1977年に発表されたトム・ウェイツの4thアルバム『異国の出来事』に収録されていたベット・ミドラーのデュエット曲「I Never Talk to Strangers」を聴き、コッポラは依頼を決めたという。
コッポラにそのアルバムを聴かせたのは、1986年22歳の時にボート事故で亡くなってしまう息子のジャン・カルロだった。

「ある日息子が私にトムのアルバムを聴かせてくれたんだ。彼とベッド・ミドラーの素晴らしいデュエットを聴いた時に“よし!これでいこう!”と思った。男の声と女の声を会話させて、歌いながら問題を解決させて、ヒーローとヒロインの物語を並行して描く映画にしようと思った。」



コッポラの新作映画の音楽担当をトム・ウェイツは引き受けた。
ベット・ミドラーは都合がつかなかったため、女性カントリー歌手クリスタル・ゲイルが参加することとなった。

「トムには最初にこう伝えたんだ。“君にやってもらいたいのは、まさに映画と同じタイトルのアルバムを作ることなんだ。私はそのアルバムにぴったりの映画を作るから”とね。」


当時、コッポラは音楽をフルに活用した映画作りに意欲満々だったという。
曲と語りを完全に融合させるというイメージが、頭の中にはっきりと出来上がっていたのだ。
脚本ができた後に曲を付け足すのではなく、脚本と並行して曲を作っていくという斬新なやり方だった。



コッポラはトムとの共同作業について、こんな風に語っている。

「複雑な心理描写は一切やめにして、人を曲の一部として配置する。背景も演技も、台詞も歌詞も、同じ比重で“観せる・聴かせる”映画にしたかった。」


初めての映画音楽の制作に取り掛かった頃、トムはロサンゼルスからニューヨークに拠点を移した時期だった。
彼はそれから約2年間、この映画音楽=同名のアルバム作りのために拘束されたという。
それまでは、アルバム一枚を作るためにまず20曲ほどを書き上げ、そこから厳選した10曲程度で40分前後のアルバムの両面を埋めればよかった。
しかし、映画まるまる一本分の音楽を作りるには、まったく違うテクニックが要求された。
トムもまた当時のコッポラとの仕事についてこんな風に語っている。

「コッポラと仕事をするまで俺は好き勝手に曲を書いているだけだった。頼まれたシーンに使うテーマを12通りくらい書くんだ。それを繋ぎ合わせてミュージカルの序曲にしていくんだ。デビュー以来、もっとも有意義な経験をさせてもらったよ。」


トム自身も認めているが、コッポラとの共同作業をするまでの彼の作曲さタイルは、深酒の勢いを借りてやるものだったという。
しかし、コッポラから与えられた課題をこなすためには、それまでとは違うやり方と、かなりの忍耐が必要だった。

「曲なんて酔っ払って書けばいいと思ってたけど、あの仕事ではそうはいかなかった。最初は職人になりきって曲を書くなんて、自分にできるかどうかさっぱりわからなかったよ。大掛かりなプロジェクトの一部になって仕事をするってことは自分が何をやりたいのかを、照明スタッフや俳優にもしっかり伝えなきゃならないからね。あの仕事のおかげで、前よりも責任感が強くなったし、我慢強くもなれたよ。」


映画の公開に合わせて、アルバム『One from the Heart』は、トム・ウェイツとクリスタル・ゲイルの連名で発表され、アカデミー編曲・歌曲賞にノミネートされた。
音楽評論家のトム・ジュレックは、同アルバムの出来栄えをこんな言葉で称賛している。

「歴史上最も美しく練られたサウンドトラックでの共演の一つだ。それぞれのファンの棚には不可欠の一枚。」


<引用元・参考文献『素面の、酔いどれ天使』パトリック・ハンフリーズ(著)金原瑞人(訳)/東邦出版>
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