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I’ve Got Life!私は生きている!〜伝説の歌手ニーナ・シモンのドキュメンタリー映画&トリビュートアルバムの誕生秘話

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山川啓介~矢沢永吉に「チャイナタウン」をひとり往くハードボイルドな男を見た作詞家

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海の歌〜Sea Of Love

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エイミー・ワインハウス〜普通の女の子が歌姫となって27歳でこの世を去るまで

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少年少女を夢のような音楽探求の旅へと誘った伝説の『ミュージック・ガイドブック』

いわゆる「洋楽」と呼ばれる音楽の情報入手先が、まだ雑誌やラジオやTV番組、レコード店やライナーノーツくらいしかなかった1980年代前半。 (少し個人的な話になるが)中学生だった少年の耳には、歌謡曲やニューミュージックなどの慣れ親しんだ「邦楽」、家の棚で埃まみれになったクラシックのレコード、カセットテープに録音されたイージーリスニング集といったものが音楽のラインナップすべてだった。 そんなある日、少年は本屋の音楽コーナーで一冊の本と出逢う。手に取ったのは『ミュージック・ガイドブック』という400ページ弱の1,200円の分厚い本。 本能的に「ここには自分の知らないこと、知りたいことの何かがある!」と思ったのだろう。家に帰って貪るように読んだことを思い出す。マイケル・ジャクソンの『スリラー』やポリスの「見つめていたい」や『フラッシュダンス』が流行り、MTVが開局して間もない1983年のことだ。 『ミュージック・ガイドブック』(写真中央)は、これから壮大な音楽探求へ旅立とうとする少年少女にとっては夢のような書物だった。 雑誌「ミュージック・マガジン」の増刊号であり、編集/発行人は中村とうよう氏。ロックの歴史が長門芳郎/小倉エージ/北中正和/大貫憲章氏らによる4章立てで展開された後に、天辰保文氏による日本ロックの流れも綴られる。人名辞典では国内外のアーティストのプロフィールが五十音順に調べられるようになっており、ロック名盤やロック用語集へと続く。ここまでで120ページ。ロックすら知らなかった中学生には完璧な読書体験だ。 しかし、この本の凄いところはこれから。世界中の音楽案内が本格的に始まる。ポピュラー・ミュージック、ブラック・ミュージック、ラテン・ミュージック、20世紀、レコードと再生装置、シンセサイザー音楽の各歴史と年表で全体像をつかんだら、今度はブルース/R&B/ソウル、モダンジャズの歴史(こちらも人名辞典、名盤選、レーベル、用語集つき)へと誘う。 サルサ、レゲエ、ハイチ、カリプソ、ブラジル、フォルクローレ、タンゴから、フォーク/カントリー、トラッド、シャンソン、カンツォーネ。さらにはアフリカ音楽や世界の民俗音楽や現代音楽から、音楽ビジネスの100年史まで。広告であるはずの全国レコード店ガイドやレコード会社の新譜案内まで見事に一体化していた。 筆者に限らず、この本を手にと..
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ジャニス・イアンの「Love is Blind(恋は盲目)」が日本で発売された日

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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ〜ルー・リードやマドンナを魅了したNYの音楽劇

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ラスト・ショー〜スモールタウンの風景で描かれる「語るに足る、ささやかな人生」

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宿命の女、ニコを偲んで…

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はっぴいえんどの「夏なんです」は日本語の歌詞にこだわった松本隆による“ラブソング”

立教大学の学生だった細野晴臣の家に慶應大学に通う松本隆が来て、ロックに日本語は乗るのだろうかと、アルバム『ジャックスの世界』などを参考にしながら、勉強会に取り組んでいたのは1968年の秋のことだ。 1960年代末期から70年代の初頭にかけて、日本語のロックが生まれて来た背景には、欧米のロックに刺激を受けて始まったグループ・サウンズへの反発と失望があった。 スパイダースやブルーコメッツ、ワイルドワンズ、タイガース、テンプターズ、そしてゴールデン・カップスなどのバンドが群雄割拠したグループ・サウンズは、ビートルズが来日した1966年の夏を境に動きが活発化し、翌年から一大ブームの様相を呈していた。 しかし、レコード会社や芸能プロダクションが主導していたために、ブームが過熱するにつれて数が限られたプロの作家が提供する作品ばかりがヒットし、人気が出たまではよかったが楽曲がパターン化して、売れ筋の歌謡曲と差がほとんどなくなった。 そのために飽きられてしまったバンドは淘汰されて、3年と持たないでGSブームは終焉に向かうことになった。 そこで注目されたのがニューロックだった。 当時の音楽シーンは、格好だけロックっぽくて中身は歌謡曲だったグループ・サウンズが流行った後、クラプトンやストーンズの即興フレーズを本人達よりも正確に弾くようなコピーバンドが主流でした。 そうした風潮に反発して結成したのが、“はっぴいえんど”です。(松本隆) 細野と松本がひとつの指標にしていたのは、アメリカのバッファロー・スプリングフィールドだった。 スティーヴン・スティルス、ニール・ヤング、リッチー・フューレイという、3人の才能あるヴォーカリストを擁するバンドの音楽は、フォークソングとハードロック、異なるふたつの要素で成り立っていた。 さらにはカントリーやブルース、ラテン、R&Bの要素まで含まれていたのだ。 ほどよくカントリーで、ほどよく都会的で洗練されてて、サウンドのなかで”都市”と”田舎”が、自然に融合していバッファローの音楽はどこか整然としたところがあった。 はっぴいえんどをはじめるにあたって、松本は日本という場でやるんだからと、日本語の歌詞にこだわった。 それまでの歌謡曲にはなかった日本語の新しい表現、そこに到達するにはどうすればいいのかを考えたのだ。 そして音楽的にもロックとカントリーの接点、..
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ビリー・ホリデイを偲んで〜波乱万丈な人生を生きた伝説のジャズシンガーの光と影

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ハリー・チェイピンを偲んで〜慈善活動に尽力した“歌うストーリーテラー”の足跡と功績

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東京の歌〜社会派シンガーソングライターの目に映ったTOKYOの風景

♪「Tokyo 」/ブルース・コバーン ブルース・コバーン(Bruce Cockburn)というシンガー・ソングライター/ギタリストを知っているだろうか? 誠実で美しい歌を作り続けているカナダの偉才で、そのキャリアは40年以上となる。 1970年のデビューから10年ほどは、自然の美しさを描きながら“精神的な旅”や“哲学的な思索”をテーマにした曲を書いていた。 80年代に入ってからは政治社会問題を取り上げ、世の不正を告発するメッセージを放つようになる。 環境破壊問題や放置・残留地雷問題を解決するための活動にも精力的に取り組み、モザンビーク、ベトナム、アパルトヘイト時代の南アフリカ、そしてニカラグア紛争地帯にまで実際に足を運んで作品を発表している孤高のアーティストだ。 そんな彼が今から37年前の1979年、二度目の来日ツアーで東京を訪れた。 そして帰国の飛行機の中で、滞在時のスナップ写真を整理するような感覚で一曲の新曲を書いたという。 歌詞を綴ったノートの端には“Tokyo, September 15/79”と記されていた。 それは、ちょうど自身の作風に大きな変化が起き初めていた頃の出来事だった。 彼の目に映った「Tokyo」は“こんな街”として綴られた。 川のような車の流れ 騒音と煙とコンクリート パチンコのジングル コミック本の暴力描写 吹き出す蒸気 壁に立ちションしているサラリーマン 排気ガスでハイになってるドライバー 詐欺師のキツネ エネルギーと忍耐と金の力 この曲が書かれた1979年、日本の若者達が熱狂していた歌といえば…西城秀樹の「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」、サザンオールスターズの「いとしのエリー」、ゴダイゴの「ガンダーラ」、山口百恵の「いい日旅立ち」、甲斐バンド「HERO(ヒーローになる時、それは今)」などなど。 そんな時代から時が流れ… 経済優先社会の光と影。 次世代に引き渡す日本の未来。 解決しなければならないことは山積みだ。 ブルース・コバーン『Anything Anytime Anywhere(Singles 1979-2002)』 2002/True North iTunes Amazon こちらのコラムの「書き手」である佐々木モトアキの音楽活動情報です♪ 宜しくお願い致します。 新作ミニアルバム『You』のタイト..
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イージー・ライダー~少年たちの閉ざされた心を解放した自由への疾走

「これ観たら、変わるよ」──まだ15歳だった1983年のある夜、35歳になるグラフィック・デザイナーの叔父がそう言って1本のVHSを差し出してきた。パッケージ写真にはバイクに跨がった2人の悪そうな男。荒野と道と青い空。『イージー・ライダー』というタイトルの映画が目の前にある。 それから少年と叔父はリビングのソファーに並んで座り、95分間を黙って見つめ続けた。「何だよ、これ」……物語も映像も音楽もすべてが衝撃で、何一つ言葉が出なかった。受験勉強の合間に親の目を盗んで、MTVやFMから流れてくるマイケル・ジャクソンやマドンナといった洋楽ヒットチャートを聴き入ることを楽しみにしていた住宅街の少年にとって、それは余りにも違いすぎた世界だった。叔父はそんな様子を見て黙って微笑んでいた。 今から思えば叔父はきっと、悶々とした気持ちで毎日を追い込まれている哀れな中学3年生の閉ざされた心をどうにかしたかったのだろう。型にはまった思春期の中に彼は突然、強烈な世界観を投げ込んできたのだ。TVニュースでは決して報道されない青春革命が凄まじいスピードで起こり始めた。 やがて少年は高校生になると、クラスメイトとファッション雑誌を回し読みしたり、放課後のファーストフード店で女の子について喋ったりする傍ら、ロックに魅せられて、タワーレコードでストーンズのレコードを買い、音楽雑誌を学生鞄に入れるようになった。ギターを覚え、ダークな服を買い漁っては、年上の怖い連中とバンドを組むようにもなった。 みんながTVから提供されるアイドルや青春ドラマや歌番組に夢中になっている頃、人知れず『ライ麦畑でつかまえて』や『路上』をめくったり、レンタルビデオ店にヴェンダースやスコセッシの映画を借りに行ったり、ロバート・ジョンソンやチャーリー・パーカーに辿り着いたりした。その方が遥かに世界が広がったからだ。 ──あれから30年以上が経ち、その間に人生の苦悩や喪失、愚かな失敗や後悔を積み重ねてきた。ビジネスやお金、医療や税務や法律といった最大公約数的な問題と向き合う時は、「音楽や映画や小説を詳しく知っていたからといってどうなる?」と自問自答することもあるが、結構役に立つし、時には孤独な魂を救済してくれる。そして今でも数年に1度は『イージー・ライダー』がむしょうに観たくなる。その時の心は少年のままだ。叔父とはもう25年以上会..
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ワンダラーズ〜移り行く時代と精神を描写した超一級の青春映画

アメリカは数多くの人種/民族で人口形成されているのは今更言うまでもないが、その歴史のイントロダクションには、インディオなどの先住民族と“フロンティア”の名のもとに争ったWASPと呼ばれるプロテスタント系移民たちの他に、労働力として強制的に連れて来られたアフリカ系の黒人たち、あるいは19世紀以降に祖国から“約束の地”を求めて渡って来たカトリック系の新移民たちの存在が必ず綴られる。 その後のアメリカ大衆文化を担ったのは黒人や新移民であり、特にロックの誕生には彼らの交流なくして語れない。WASPたちから奴隷扱いをされた黒人のブルース感覚や、同様の扱いを受けていたアイルランド移民のハイロンサム感覚の融合は、最も重要な音楽的出来事と言ってもいい。 時が流れて、1960年代前半。ニューヨークの下町ブロンクス地区。映画『ワンダラーズ』(THE WANDERERS/1979)は、そんな苦難の歴史を持つ新移民や黒人の血が流れたティーンエイジャーたちの青春物語だった。原作はリチャード・プライスの小説で、主役のイタリア系のワンダラーズ、黒人のデル・ボマーズ、中国系のウォンズ、スキンヘッズのボルディーズなど、人種ごとにチームを組んだ揃いのファッション描写が話題になったり、アイルランド系のダッキー・ボーイズの凶暴さが問題になったりもした。 高校の教室。人種に関する発言がきっかけで、ワンダラーズはデル・ボマーズと果たし合いをする羽目に。リーダーのリッチー(ケン・ウォール)が彼女の父親(イタリア系マフィアのボス)に相談すると、喧嘩ではなくアメリカンフットボールで決着をつけるように言われる。拍子抜けした仲間たちだったが、当日の試合会場には不吉なムードが漂っていた。 物語はワンダラーズの若者たちを中心に、喧嘩や友情、恋やパーティ、夢や希望が展開されていく。観ているうちにこの作品がその辺にある普通の青春映画でないことが分かってくる。当時のヒットソングもこの上ないタイミングで絡んでくるが、時代設定が1963年というのがポイントだ。 ボルディーズが警官に騙されてベトナム戦争の徴兵に取られるシーンではシュレルズの「Soldier Boy」、ケネディ暗殺の悲報がTV二ュースで告げられる時にはベン・E・キングの「Stand By Me」が流れる。そしてワンダラーズの仲間たちが集まる時には、同じイタリア系のフォー..
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