3歩後ろの恋~第5回

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それからというもの、私は、とにかく化学だけはきちんとやろうと必死で勉強した。

先生に気に入られたい、よく頑張っているなと言われたい一心で。

他の授業では居眠りもしてしまうが、朝倉先生の授業だけは違った。

50分間、朝倉先生の事をずっと見ていられる。

そんな幸せな時間を寝てしまうなんてもったいない。

しかし、先生の授業は面白く、わかりやすい。私だけでなく、居眠りや内職をしている生徒なんて見たことがない。

他の先生より若く、授業も面白いので、朝倉先生はたちまち人気者になった。

最初の授業のように、目が合うことはなかった。

それでも、出席を取る時に、『若菜』と呼ばれるだけで優越感に浸れた。

まぁ、『佐々木』という苗字が二人いたから、名前で呼ばれるだけなんだろうけど。

他の先生もたいてい、私のことを『若菜』と呼んでいる。
それでも、朝倉先生に名前で呼ばれると、体中がカーっと熱くなるのがわかった。

それは、1年間変わることがなかった。

必死で勉強したせいか、3学期の学年末テストでは、クラスで1位を取ることができた。

今までの期末テストで1位を取った子は、テストを返してもらう時に、先生に頭を撫でられていた。

今度は、私が頭を撫でてもらう番だと大張り切りでテストを取りに前に出た。

しかし、先生は、顔色も変えず『オレの教え方が良かっただけだな。』と言って、

そっけなくテストを返してきた。
きっと、褒めてくれると思ったのに。私も頭を撫でられたかったのに。

せっかく1位だったのに、悲しい気持ちでいっぱいだった。
授業が終わると、急いで先生のところに駆け寄った。

『あの、私、1番だったんですよ。』

『あぁ、知ってるよ。』

『じゃぁ、なんで、何も言ってくれないんですか?こんなに頑張ったのに・・・』
『これぐらい、出来て当然だろ?』

『でも、今までは、みんなの前で褒めていたじゃないですか・・・』
『あぁ、そうか?もう忘れたよ。佐々木さん、君は褒められたくて勉強してるの?』

何も言い返せなかった。先生の言った事が図星だったからじゃない。

いつもは『若菜』と呼んでくれるのに、『佐々木さん』と呼ばれたからだ。

それに『君』だって。いつもは『お前』って呼ぶくせに。

先生にドンっと突き飛ばされたみたいだった。
名前を呼ばれて浮かれていた。そうだ、私は他の子と同じ、ただの生徒だったんだ。

名前を呼ばれたくらいで何を期待してたんだろう。
そうだよ。先生、一重の子は好みじゃないって初めに言ってたじゃない。

もう、涙が溢れそうだった。でも、みんなもいるし、第一、先生に泣き顔なんて見られたくない。

急いで、自分の席に戻ろうとした。
先生は、『佐々木さん!』と私を呼び止めた後、私の腕をつかみ、耳元で

『ホームルームのあとで、理科準備室に来なさい。』
と静かに言った。

コン コン
『はい。どうぞ。』
『失礼します。1年B組の佐々木です。』

準備室に入ると、先生は、何かを書いているようだった。後ろ向きのまま、私に言った。
『もう少しで、仕事が終わるから。ちょっとそこの椅子にでも座ってて。』

私は言われるがままに、近くの椅子に座り、先生の後姿をじっと見ていた。

静かな教室には、先生のペンを運ぶ音だけが響いている。

その音を聞いていたら『佐々木さん』と言われたことが蘇ってきた。

また、涙が溢れそうになる。

下を向いて、グッとこらえていると、先生の声がした。
『おまたせ。』
ふと顔を上げると、先生が近くに立っていた。

窓からの日差しで、顔が陰になって表情がよくわからない。

『お前、また泣いてんの?』
先生が隣に座った。こんな近くにいられると、緊張する。

ドキドキが聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。

それでも、泣いていたことだけは否定しようと

『泣いてなんかいません!』
と、強い口調で言い返した。

『ムキになるなよ。テストで1位になったから褒められたいとか言うし、

すぐに泣くし・・・ホントお子ちゃまだな。褒められなかったくらいで、泣くなよな。』

先生は少しあきれて言った。

私は、急に恥ずかしくなって、何も言い返せず、ただ顔を真っ赤にした。

すると、先生は笑って『タコみたいだ』と小さく呟いた。

『あの、私、褒められなかったから泣いてたんじゃないです!』

『やっぱり、泣いてたんだ。』

先生はニヤニヤしながら言ってきた。

私は、ハっとして黙った。

『じゃぁ、何で泣いていたの?』

先生は相変わらずニヤニヤしたまま、こちらをじぃっと見ている。

いくらなんでも、『先生に、苗字で呼ばれたから』なんて言える訳がない。

下を向いてモジモジしていると、先生が

『もしかして、オレが“佐々木さん”って呼んだから?』

言い当てられて、固まったまま動けなくなる私。

呼吸すら出来てなかった気がする。

じわじわと恥ずかしさが蘇ってきた。

気持ちを見透かされているみたいで、居ても立ってもいられなくなって教室を飛び出した。

急いで昇降口に向かった。一刻も早く、先生の所から逃げ出したかった。
 

グラウンドの真ん中まで来て立ち止まり、深呼吸をした。

ようやく、呼吸を整える事ができた。そしたら、ふと、裏庭の桜が頭をよぎった。

なぜだかわからないけど、無性に桜が見たくなった。

花なんて咲いている訳ないのに。

 桜の季節になると、満開の桜を見るために放課後でも花見に何人もの生徒がいる。

しかし、今はまだ寒い。裏庭には誰一人いなかった。

裏庭には、1枚の葉もない桜の木が、ただひっそりとそこに立っているだけだった。

まだ、蕾もない。私は桜の木の幹に体を預けた。ひんやりとしている。

それが、すごく気持ち良かった。

恥ずかしさと、走ってきたので体がほてっていたから。
 

桜の木に体をくっつけていると、根っこが吸い込む水の音が聞こえてくるようで、

不思議と落ち着いてきた。

 落ち着いてきたら、先生との事も冷静に考えられるようになってきた。

私は何を期待していたのだろう。

先生は、私の事なんて生徒の一人としか見ていなかったじゃないか。

私より親しげにしている女の子はいっぱいいた。

私なんて、緊張して話し掛ける事すらできなかったクセに。

 良かった。先生の授業はもうない。2年生になったら、新しい恋をしよう。

いつまでも思い続けていても、自分が苦しいだけだ。

 桜の木に誓うように、自分の気持ちを口にした。

続く

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